R8.1.16 昭和7年 三条尋常高等小学校

 家の片付けをしていたら、昭和7年の卒業記念写真帳が出てきました。三条尋常高等小学校と台紙に書かれています。昔の台紙は草木の透かしも入っていておしゃれです。


 校舎全景です。昭和7年の当時は、尋常小学校(6年制)を卒業し、次に高等小学校(2年制)に進学するか、中学校(5年制)に進学するか、だったようです。


 「ひいおじいさん」の馬渡惣次郎さんは若い頃、教員として三条小に勤務したこともあります。この当時は村役場の助役のようです。(上長苗代村の助役、今でいうと副村長でしょうか。)卒業式に出席し、校長のとなりに座っています。(前列、右から3人目)


 尋常科の卒業生(12歳)です。この子たちが13年後には太平洋戦争で兵隊となり、命を落とした人もいたと思うと心が痛みます。親や教員はどんな気持ちで生きていたんだろうと想像させられます。昭和7年は満州事変を機に国際連盟から日本軍撤退を勧告され、日本が孤立していく時代でした。また、犬養毅総理大臣が暗殺されるなど(五・一五事件)、日本全体が軍事国家に進んでいく激動の時代でした。


 尋常科の卒業生(12歳)です。昭和7年、八戸市は港湾都市として発展していきましたが、上長苗代村はどうだったのでしょう。


 高等科の卒業生(14歳)


 下の写真は撮影した年代はわかりませんが、戦前であることは想像できます。惣次郎さんの4人の息子である馬渡又平さん、馬渡和昭さん、馬渡芳孝さん、馬渡昭治さんのいずれかと思います。帽子には「中」とあるので、旧制の八戸中学校(現在の八戸高校)であると考えられます。襟元には「4」のバッジがあるので、4年生(15歳)であると思われます。とてもかっこいい写真です。

2026年01月16日